お話したいと思います。
少しずつ
楽屋話などを含め
楽しんでいただくために
邦楽を多くの皆さんに
稀音家祐介の
和製オーケストラ
長唄演奏の編成
長唄演奏の最小のユニットは、唄一人(「独吟」と言う)、三味線二人の編成です。でも、それは特殊な例で、通常は唄と三味線が同人数、三挺三枚と言えば、三味線三人に唄が三人といった具合です。曲の規模に応じて、また時と場合によって大編成でやるものと小編成でやるものが常識的に決まっています。例えば『勧進帳』を八挺八枚でやることはあっても、『松の緑』を八挺八枚でやることは、まあ滅多にないでしょう。そして何挺何枚といった編成の中に、タテ三味線とタテ唄がいます。舞台で中央寄りに座っている人が「タテ」、つまり各パートの首席奏者で、中でもタテ三味線はオーケストラでいうところのコンサートマスターに当たります。
そして、それ以外に囃子があります。囃子は、曲にもよりますが、通常は小鼓が二人、大鼓が一人、太鼓が一人、笛が一人、お雛さまの五人囃子って感じですね。編成を大きくする場合は小鼓を増やす場合が多いようですが、演奏会では四人から六人でやることが多いようです。また、『二人椀久』や『勧進帳』など、太鼓の無い編成の曲もあります。そこで、例えば五挺五枚五人囃子とすると、十五人のアンサンブルとなるわけです。西洋音楽の場合、そこにアンサンブルをするための指揮者という存在がありますが、長唄にはありません。では、どうしているのでしょう。実は、タテ三味線が指揮者を兼ねているのです。
タテ三味線はコンダクター
指揮棒は掛け声
長唄演奏の指揮者はタテ三味線、と言っても、オーケストラの指揮者の場合とはちょっと事情が違います。長唄の場合、十のうち七か八ぐらいはタテ三味線がコントロールしていますが、後の二つ三つは、例えば、ここは唄がテンポをつくるところ、ここは囃子がリードするところ、と時々主権が交代するときがあります。でもまあ、だいたいはタテ三味線が馬車で言えば御者の役割を果たしていると言えるでしょう。
では、タテ三味線は演奏しながらどうやって意を伝えているのか、不思議だと思いませんか。まず、掛け声。例えば、「ン、ヨーイ」といった掛け声の掛け方で「このテンポで弾いてくれ」というテンポ出しをしているのです。掛け声だけではありません。棹を軽くポンと叩くとか、撥をスッと上げるとか、そういう行為も合図になっています。脇三味線(タテの隣の人)は音を聞いてアンサンブルするだけでなく、タテ三味線の撥の上げ下げを常に視野に入れて、自分も同時に撥を上げ下げし、三枚目(三人目以降を何枚目と言う)以下にタテ三味線の意を伝えているのです。
そして掛け声は、三味線や囃子のアンサンブルのために掛けるだけでなく、唄にキューとして掛けるもの、踊り手(「立方・たちかた」と言う)にあるフレーズのスタートやテンポの意思表示として掛けるもの、また、「ハオー」などとムードを盛り上げるために掛けるもの、といろいろです。タテ三味線はあらゆるところに神経を使い、掛け声という指揮棒で舞台を統率しているのです。
タテ三味線コケれば!?
歌舞伎などの舞台の場合、タテ三味線は演奏者だけでなく、立方に対しても重要な役割を担っています。タテ三味線は、絶えず役者や踊り手の動きを見ながら、その動きと演奏がぴったりマッチするように調節しているのです。例えば、ある合方(唄の無い間奏の部分)で立方が花道から舞台中央へ出てくるような場合、このテンポでは余ってしまうと思えば少しテンポを速めるし、間に合わないなと思えば少し緩める、といった具合に。あるいは立方が扇で膝をポンと打つのをきっかけに演奏のキューを出したり、逆にタテ三味線の掛け声をきっかけに立方が次の所作に入ったり、といった具合です。
舞台の流れを川の流れに例えてみましょう。川の流れは、ゆるやかなところもあれば急流もあり、川幅が狭いところ広いところ、蛇行していたり、と変化に富んでいます。その流れを小さな船を何艘も紐でくくって連なって下ると思ってください。何艘もの船を引っ張る先頭の船がタテ三味線です。急流で強引に引っ張れば船が転覆してしまいます。川幅や水の流れの強さを考えながら、全体の流れに逆らわないようにコントロールし、流れに任せつつ最終的に目的地に辿り着くようにするのが役目です。タテ三味線がまずいと、唄や囃子、立方にも迷惑をかけてしまうというわけです。責任重大!!
三味線音楽と
西洋の音楽との違いは?
西洋のクラシック音楽は、ある曲を演奏するときにはその曲のキーが決まっています。ハ長調で作曲されている曲を、今日はニ長調でやりましょうとか、今日はロ長調でやろうということは有り得ないわけです。いつでもハ長調の曲は必ずハ長調で演奏する。ところが、三味線音楽は自由に演奏するキーを設定できる。そこが西洋の音楽との決定的な違いです。
カラオケボックスに行って歌うとき、苦しいからちょっとキー下げてよ、とか、もう少し高くして、と勝手にキーを変えるでしょ、あれは三味線では「有り」だということ。例えば「勧進帳」を演奏するときに、西洋式の言い方で言えば、今日はハ長調でやりましょうとか、今日は唄い手の声が出るからニ長調の高さで、あるいは逆に声の調子が良くないから下げてロ長調でやりましょうと、唄い手の声のコンディションによって臨機応変に演奏する曲の高さを変えられるのです。また唄い手が女性の場合、同じ曲でも男性のときよりも当然ながら高いキーに設定するのです。我々はそういった曲のキーの高さ(『調子』と言う)のことを一本、二本というような言い方で表します。
今日は何本で演奏する?
三味線音楽の調子の決め方
三味線の調子(キーの高さ)は、一本、二本という言い方をします。一本というのは、ピアノの鍵穴左のラ(A)からさらに一オクターブ下のラの音に三味線の一の糸(三味線には一の糸、二の糸、三の糸と三本の絃があり、一の糸の開放絃が一番低い音)を合わせた調子です。半音上げてラの♯にすると二本、また半音上げると三本というように、半音ごとに四本、五本となっていきます。例えば、「勧進帳」を演奏するとき、今日は何本でやる? 四本にして、とリハーサルを行ったとします。で、唄い手から今日は調子悪いからもうちょっと下げて三本半にして、と四分の一音下げる場合もあります。このように三味線音楽では半音ごとだけではなく自由に曲の調子を設定できるわけです。もちろん、キーを変えたからといって曲を弾く手順が変わるわけではありません。
ただし、三味線の調子にもスィートスポットというものがあって、あまり低すぎたり高すぎると三味線自体がいい音がしない、鳴らない、ということがあります。長唄の場合、通常三本からせいぜい七本といったところでしょうか。清元や常磐津との掛け合いなどで、やむを得ずその範囲を外れることもあります。そんなときは糸や駒のセッティングを変えて対応します(詳しい話はまたいずれ…)。また、曲の趣によっても違ってきます。「勧進帳」や「船弁慶」といった深刻かつ重たい曲は、たとえ唄い手の声が出ても、あまり高くするとずしっとした曲の感じが出ないというようなこともあるのです。
本調子、二上り、三下り
三味線音楽の調子
三味線の調子には、二つの側面があります。前回お話した、一本、二本という言い方は、音の絶対的な高さのことですが、もう一つ、三つの糸の相対的な音程関係(本調子とか二上り、三下りといった言い方をする)があります。
一般的に弦楽器の場合、調弦の仕方は通常一つですよね。例えばバイオリンなら、ソ・レ・ラ・ミ(G・D・A・E)と必ず決まっています。各弦が完全五度の関係になっていて、古典から現代曲まで全ての曲をその調弦で弾きます。ところが三味線の場合は、調弦の仕方が複数あって、おまけに曲の途中で調弦を変えたりもするのです。
調弦の仕方は基本的には三つあって、「本調子」「二上り」「三下り」と呼ばれ、古典のスタンダードナンバーの中でも頻繁に使われます。それ以外に「一下り」「三メリ(六下り)」といった変調子というのが何種類かあります。中にはある曲のある一部分にしか使われないような特殊なものも。
これらの「本調子」「二上り」といった調弦法と、一本、二本といったキーの高さを組み合わせて、三味線の調子は決まるのです。
三味線のチューニング
調子の合わせ方
ここでは、基本になる三つの調子についてお話します。
「本調子」というのは、全ての基本です。本調子は、一の糸と二の糸とが完全四度、二の糸と三の糸とが完全五度の関係になっています。例えば一の糸を四本に合わせると一の糸がド(C)、二の糸がファ(F)、三の糸がド(C)となり、こういうのを四本の本調子と言うわけです。それが三本になるとシ(B)、ミ(E)、シ(B)となります。
「二上り」というのは、名は体を現すで、本調子の二の糸を一音上げたものだから二上りというわけです。どのくらい上がっているか正確に言うと、本調子の二の糸に対して長二度高い音になっています。四本の二上りだと、一の糸がド(C)、二の糸がソ(G)、三の糸がド(C)となります。一の糸と二の糸の相対的な音程関係が完全五度、二の糸と三の糸とが完全四度の関係になり、本調子のときと逆転しています。
「三下り」、これも本調子に対して三の糸の音が一つ下がっているという意味ですね。どのくらい下がっているかというと、長二度低い。四本で言うと、一の糸がド(C)、二の糸がファ(F)、三の糸がシ♭(B♭)となります。相対的な音程関係は、一の糸と二の糸、二の糸と三の糸が、それぞれ完全四度ということですね。
まとめると、相対的な音程関係を言っているのが本調子、二上り、三下りという言葉、その絶対的な高さを決めるのが一本、二本という言い方。したがって、それを組合わせて三本の本調子とか、四本の二上りといった言い方になるわけです。例えば越後獅子は三下りで作曲されていますから、「今日は五本の三下りでやりましょう」とか、橋弁慶は本調子ですから「四本の本調子にしてください」、といった具合に。
調子と曲調って
関係があるの?
調子によって曲調が決まるというほどのことはありませんが、概してその傾向があるとすれば、本調子は荘重な感じ、二上りはちょっと華やかな感じ、三下りは優美な感じ。でも、三下りの曲でも本調子っぽく作曲されているものもあれば、二上りでも三下りっぽく作曲されているものもあって、簡単には言えない。強いて言えば、ぐらいのことですね。曲調は作曲によって決まるといったほうがいいでしょう。
変調子は幕末以降
新しい音の模索
本調子、二上り、三下りといった基本になる三つの調子以外に、「一下り」や「三メリ」(「六下り」とも言う)といった変調子と呼ばれるものがあります。
長唄のスタンダードナンバーで歴史的に作曲の古い曲は三下りが非常に多いのですが、時代とともに新しい調子も生まれました。変調子は幕末以降くらいから使われ始め、明治に入ってから多くなったと思われます。ある意味では、三つの基本の調子で作曲して、かなり行き詰ってきたということがあるんでしょう。それで調子を変えて、新しい手順とか、新しい音の運びを、たぶん模索したんでしょうね。そういう点で非常に功績があったのは、三代目の杵屋勘五郎、通称、根岸の勘五郎という人で、この人の作曲には変調子のものが多いし、よく研究されていると思いますね。また五代目杵屋勘五郎や三代目杵屋六四郎(後の稀音家浄観)の作品にも変調子が効果的に使われていると思います。